仕事復帰を目前に起こる葛藤
4月1日です。
今日から保育園にお子さんを預けて仕事復帰するお母さんもたくさんいらっしゃると思います。
私が仕事復帰したのは、息子が生後10カ月のときで、私が25歳のときでした。
認可保育園は激戦で諦めていたので、無認可保育園に預けて復帰しました。いまはないのですが、とても良心的で素晴らしい認証保育園でした。
実は、職場復帰の時期は一度だけ延期することが可能だったので2ヶ月くらいずらしました。
もう子どもが可愛くて可愛くて「私もう復帰するの嫌」って思っていたからです。
子どもは半年くらい経つとハイハイしたり、もう少し経つとつかまり立ちしたりします。
だんだんそうやって成長してくるのが嬉しくって「こんな可愛い子ちゃん預けてどうかなったら、たぶん私生きていけない」って思ったり、「やっぱり保育園の先生信じてもう復帰するのもいいかもしれない」とかそんな葛藤がありました。この時期は子どもへの母性と自分の人生とキャリアとずっと戦っていた感じでしたね。
それは自分だけじゃないのも分かっているんだけど、ずっと迷っていました。
そのとき夫とも話をして「私、仕事辞めよっかなあ」って何度も言っていたんだけど、復帰の決め手は夫が「別に仕事辞めてもいいけど、それを子どものせいだって言わないでね」って言われたことでした。子どものせいにしたら、子どもがお母さんは僕のせいで仕事を諦めたのだと自分を責めてしまってすごく悲しむと。
私はそれを聞いて「ああこれで私がいま仕事辞めちゃったら絶対子どものせいにしちゃう」って思ったんです。だからまずは復帰しようと思いました。
このとき「子どもの人生と自分の人生は別」とも思っていたのも復帰を決めた理由でした。
それは理性として「この子の人生を自分と同化させてはいけない。ずっとは一緒にいられないんだ」っていうのはありました。結構まわりに子どもを同化しちゃうお母さんも沢山いたから。
でもやっぱりこの子は別の人格だから、と私は切り離していました。
そう思う自分をどっかで冷めているなと思ってもいました。そう思う自分はやっぱり自分のことが一番大事だと思っているじゃないか。子どものためとか言うのは嘘だったんだってどっかで思っている。
欺瞞だよね。自分が可愛いんでしょ?って。そうやって自分を責めていました。
そういう気持は友達には言ってませんでした。
その頃はまだ誰も他には子どもを産んでないから分からないだろうなと思っていたし言えなかったです。
言えないってことはやっぱり産んだことをどっかで後悔しているのかもと思うとそれがまた自己嫌悪になるし。
たしかに海外転勤のチャンスをふいにしたし、キャリアの道から外れ、みんなみたいに全然遊べないし、おしゃれもできなくて自由に動けない。
そう思うと「やっぱり自分が母になる心づもりというか準備が全然できてなかったのかな」と思ってしまうこともありました。
「若すぎたなあ」とか、「まだやりたいこと全然やってない」みたいなことが頭を過りました。
でもそこで打ち消しました。
「いや、でも私はもうこの子なしでは人生考えられない」って。
ずっとそんな葛藤がありました。