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自分のため
- ryoko31
- 2016年4月12日
- 読了時間: 2分

私は「自分のため」にいろいろやっているけど、それを親には「自分勝手」って言われてきたんです。
だけど「私の自分勝手」は意味が全く違うって思っています。
私の「自分のため」は「自分の幸せ」。
そして、「自分が幸せになったら周りも幸せになる」、その2つがくっついてる感じがします。私が幸せじゃないところは絶対幸せじゃない
自分はマイノリティーだってずっと思っていて、マイノリティーが幸せになれる世界って実はすごく器が大きいと思うんのです。
だからマジョリティーの人たちが幸せになる世界よりも、ほんとにダイバーシティーを受け入れる社会の方が懐が深いと思います。だからマイノリティーである私がハッピーになれる世界はたぶん誰でも幸せだと思っています。
それは働くママたちのみんなでシェアしていた価値観です。
たとえば、シングルマザーや働くママが生きやすい世の中は優しい環境ですよね。
自分がマジョリティーではなく、マイノリティーだからこそ、私がハッピーになることって実はみんなが求めてることだと思います。
だって私がいるってことで「あれ、あんな生き方もアリなんだ」って思って、幼稚園ではなく保育園にした人だっているし、より良い環境求めて引っ越した人も何人もいるんです。
ただ、私が「外資は働きやすいよ」ってずっと言っているのですが、みんな外資系企業で働こうとしないんですよ。外資系のいいところは結婚しても女性だって同じように働けて、一生涯いて男性と同じ役割・同じ水準の給料をもらえる、そういう環境があるってことを知らない人が多すぎるなあと思います。何か思いこみがあるような気がします。